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失うことを知らないから、 最初の一歩がこわい。 その初めてがアナタであることが、 もっともっと 私をこわくする。 18.離れてわかるキモチ 後 「ハァ、ハァ・・・だいぶ、歩いたな。」 カカシさんの部屋をでてから少しも休まず、飲まず食わずでもうずいぶんと歩いてきた。 その証拠に明るかった空が、だんだんと陰り始めている。 しかし、異世界から来た自分にはここがどこなのかもわからない。 そう、私は異世界からきた人間。 カカシさんへの想いを自覚する前なら、きっとまだましだった。 少し怯えていたいつかの別れが、突然訪れたとしても。 だって今はこんなに好きなのに。 嫌われていないのは、知っている。 同じ布団で眠って 何度も抱きしめられて キスだってされた。 たぶんそれが、カカシさんの好意だっていうことはずっと気がつかなかったけど今ならわかる。 また同じ布団で笑いあって眠りたい 抱きしめて、今度はちゃんとキスしてほしい。 こんなにもカカシさんに触れたくて、触れてほしいって私だって思うから。 一緒にいたらとめられない。 好きな気持ちも、好かれる気持ちも、もっともっとってねだってしまうにきまってる。 だからこそ、愛して愛されてカカシさんとの幸せを知った後に失ってしまったら? 毎日怯えながら暮らすのも、ずっと忘れられずに過ごすのも そんな思いをするのは嫌 だけど、カカシさんを置いてそんな思いをさせてしまうかもしれないのはもっと嫌。 だったらこのまま、なにも始まらないままでいたほうがきっといい。 それが自分のエゴだと分かっていても。 は、これ以上カカシと一緒にはいられないと思ってあの部屋を飛び出した。 もちろん、行くあてなどどこにもない。 「だい、・・じょうぶ。きっと・・・きっと離れてたら忘れられる。カカシさんだって、・・・」 今ならきっと、まだ間に合う。 カカシの看病での疲労が十分に回復していない上に、長時間なれない道のりを歩いたことで の体力はとっくに限界をむかえていた。 よろよろと、もたつく脚。 心なしか視界もぼやけているような気もする。 「少し・・・きゅうけい、しなくっちゃ」 の意識はそこで途切れた。 「ちょっと、アンタ!!!どうしたのさ・・・しっかり!ねぇ、誰か!誰か手をかして!!」 が、目を覚ました先に見たものはどの記憶にもない天井だった。 「やっと目が覚めたね。」 加えて見知らぬ女性 「あの、・・・ここは?」 「アンタね、道端で倒れてたんだよ。見つけたのがアタシだったからいいけど、その辺の野郎どもに拾われてたら物扱いじゃすまないよ。」 口調はやや厳しいが、さばさばとした感じがかえってとても親切なのがわかる。 「すいません。」 「はい、腹へってんだろ?」 ずいっと、ややぞんざいな動作で温かなスープをの手に握らせて女はベッドサイドにどかっと座った。 「・・・ありがとうございます。あの、・・・」 「なんだい?」 「せっかく助けていただいたんですけど、私・・・お金とか、そのなんにも持ってなくて」 話の途中でいきなり額にデコピンをかまされた。 「あてっ、な・・・あの。」 「バカだね、別にぼろっきれみたいに道端に倒れてたアンタにそんなもん期待しちゃいないよ。」 ぼろっきれって。そんな言い方初めてされた。 はその女の言い方にクスクスと笑いながらも、スープの温かさと共にこの女性の潔さがじんわりと身体に広がっていくのを感じた。 「アタシはムツキってんだ。アンタは?」 「、です。」 「ね。で、お節介ついでに訊くけどアンタこのあとどうするつもりだい?どっかに行くあてがあるようにも見えないけど。」 「あ、・・・えっと。」 行くあてなどどこにもない。 自分の目的はただ、カカシのもとから離れることなのだから。 「まぁ、別に言いたくなきゃ無理には聞かないよ。おあいにく様、ここはそーいう場所だからね。」 「そーいう・・・場所、ですか?」 「そうだよ、よく言えば呑み屋。ただアタシみたいな女がつく呑み屋だけどね。」 キャバクラとか、スナックとかそんな感じだろうか。 そういえば、よくよく見てみれば目の前に座るムツキと名乗った女性は 胸元がざっくりとあいた身体のラインを強調したパーティードレスの用な物を着ており、化粧もどちらかというと夜のお仕事らしく濃いめだ。 「そうなんですか。」 「でもうちの店はママの意向でちょっと変わってて。」 その後のムツキの言葉に、は驚くほど食いついた。 「忍者様のご来店はお断りってね。」 「あの!!私、そこで働かせていただけませんか?!」 突然のの反応に、ムツキは驚きながらも眉間に皺を寄せた。 「アンタが・・・?そんなタイプには見えないけどね。呑み屋って言ってもただの呑み屋じゃないんだよ?」 「わかってます。」 「女を金にする商売だよ。」 その意味がわからないほど子どもではない。 今さら木の葉に戻るつもりはないし、身元が不確かな自分が元の世界に戻るまでの間働くとなるとある程度のことは仕方がないと思う。 それに、何よりもムツキさんが働く店は忍者出入り禁止。 木の葉の忍に、自分の居場所が見つかる可能性は低い。 ・・・でも別に、黙って出ていった私のことなんて誰も気にしていないかもしれないな。 「それでも、行くあてがないんです。働かせて下さい。」 真っ直ぐな、簡単には引きそうもないの瞳にムツキは根負けした。 「まぁ、よっぽどの理由じゃなかったら行き倒れてなんかいないか。わかったよ、アタシからママに頼んでみる。」 「いいんですか!ありがとうございます。」 「ただし、夜の世界だ。何があっても泣くんじゃないよ。アタシは弱っちくピーピー泣かれんのが苦手なんだ。」 「はい!頑張ります。」 それじゃあ、と立ち上がったムツキに早速自分をママに紹介して貰えるのだと思ったはベッドから降りようと布団をめくる。 「なにやってんだい。」 「なにって、ママさんに会わせて貰えるんじゃないんですか?」 「バカだね、んなフラフラな奴連れてったって使い者になりゃしないんだから今日はこのまま大人しく寝てな。」 「わっ?!」 ピシッ、とムツキに思いっきりデコピンをされてしまった。 「朝方には戻ってくるから、この部屋もどうせママに借りてるもんだし好きに使いな。じゃあ、行ってくるよ。」 一方的に言いきって、ムツキはバタバタとそのまま部屋を出ていった。 「あ、いってらっしゃい。・・・って聞こえてないか。」 『じゃーいってきます。』 『はい、お気をつけて。』 『ムサシーのことよろしくね。』 『あぁ、任せておけ。』 お決まりだった見送りの風景を思い出す。 のんびりと、たいして深く考えずにムサシくんとカカシさんを最後に見送ったのはいつだったっけ。 あんな風に別れを告げて、一方的な身勝手さにあきれただろうな。 嫌いになって、忘れてくれたらいい。 いつか消える、私のことなんて。 まだ疲れが残っていたのか、はそう考えながらもいつの間にか再び眠りの世界へと旅立っていた。 それから次の日には、ムツキに店へと案内してもらいママと呼ばれるわりと年配だがキリリと美しい女性に働く許可をもらった。 「そうね、珍しいタイプだけど逆にその方がお客さんにもうけそうだし。」 「道で拾ったはいいけど、どうしてもここで働くってきかないからさ。」 「あら、でも磨けば十分通用しそうよ。」 そう言って、ママはやや緊張ぎみな私の顎をとって左右に眺める。 「部屋はムツキちゃんと一緒に使ってちょうだいね、それから何かと入り用でしょうからこれで色々揃えるといいわ。」 渡されたのは封筒に入ったいくらかの紙幣。 「え、あ・・・でも!」 焦るに、ママは綺麗に笑って 「大丈夫よ、最初のお給料から引いとくから。その分しっかりと働いてちょうだいね。」 「はい。」 もらうのではなく自分で稼ぐ分には安心、とは肩を撫で下ろす。 「まぁ、拾った責任もあるしね。慣れるまではアタシが面倒みとくよ。」 「ムツキちゃんがついてれば安心ね。」 今日はなんの準備もしていないので、働くのは明日からということになった。 店から家までは歩いてすぐなので、ムツキさんの付き添いがなくとも帰れる。 「あ、そうそう。貴女ここでの名前はどうする?」 従業員用の出入り口から帰ろうとしたを、ママが呼び止めた。 「えーっと・・・」 とっさに浮かんだのは月。 「優月、・・・ユヅキっていうのはどうでしょうか?」 「あら、いいわね。ムツキちゃんの妹みたいよ。」と優しく笑ったママに「えー勘弁してよ。」とムツキさんは言った。 今日から私はじゃなくて、ユヅキとして当面の間暮らしていく。 「よろしくね、ユヅキちゃん。」 「まぁ、がんばんな。ユヅキ。」 と呼んでくれる人はもういない 私が異世界から来たということも誰も知らない。 ちょうどいいじゃないか。 いろんな思い出ごと、この世界でとして暮らしてきた記憶ごと蓋をしてしまえばいい。 今日から私はユヅキだ。 なのに私は、新しくユヅキと名乗ることを後悔することになる。 慣れないながらも今までほとんどしなかった化粧をし、肌の露出が激しい服で着飾ってお客さんの相手をした。 「ユヅキですv新人なんですけどよろしくお願いしますねー。」 ムツキさんの後に名前を名乗って席に座る。 「ユヅキちゃんっていうんだぁ〜〜なんか珍しいタイプだねーかわいいなぁ。」 酒臭さを漂わせながら、腰に手を回されるのにも少しは慣れた。 1日目はなんとなく気持ち悪くて思わず距離をあけてしまったら、あとで部屋でムツキさんにすごく怒られた。 「まだなんにもわからないんで、色々教えてくださいねv」 3日目くらいまではもうちょっと愛想よく笑えと、これまた部屋でムツキさんに怒られた。 今まで付き合う程度だったお酒も、苦手だった少し媚びるような話し方も好かれるようにするつくり笑いも1週間くらいでわりと身に付いた。 だけど、いまだにどうしても慣れないのが激しめのスキンシップで。 その日のお客さんは、気がつくと手を触ったりとか肩を抱いたりが多くてちょっとやだなーと思っていた。 でも露骨に嫌がると後でムツキさんに怒られるから、やんわりとかわしていたのだけど。 「ねーねーユヅキちゃーんv」 がトイレから出るのを待ち伏せしていたのか、男は姿を見つけ肩を抱き寄せお酒臭い息を吐きながら 「いくらでヤらせてくれる?」 そう囁いた。 気持ち悪くて、吐きそうになった。 ある程度は覚悟していたけれど、そんな覚悟全然甘かった。 「いえ、あの・・・」 困ります、と涙目で言うの声は小さくて男には届かない。 そんな様子にますます調子にのったのか、男はさらに近寄ってを金で買おうとする。 ヤダ・・・助けて。 「お客さーん、中々戻ってこないと思ったらこんなとこにいたの。」 にっこりと笑ったムツキが現れた。 「あ、ムツキ。これはな」 とたんに慌てる男にムツキはすっぱりと切り捨てる。 「ユヅキがまだあんまり知らないからって困るわーうち枕営業はしてないのv」 それにアタシを指名してくれたんじゃなかったの?やだ、浮気?と言って男をユヅキから引き離す。 「アンタ、今日は先あがんな。ママには言っとくから。」 近寄ってこっそりとそう言った。 「あの、でも!」 「そんな顔で、客の相手がつとまるもんかい。」 控え室の鏡でみた顔はムツキさんのいう通り酷かった。 部屋に戻り、お風呂に入り仕事用のユヅキでなくなると は窓枠の近くに腰かけて今日はわりと高い位置にぼんやりと白く光る月を見ていた。 『カカシさんて、ちょっと月っぽいですよね。』 任務がない夜に晩酌をするカカシに付き合って2人で月を見ながらゆっくりと過ごしていた時のこと。 『そ?あーまぁ確かに忍は夜に活動することも多いしね。』 なにより不確かで、日によって形を変える身勝手さなんてぴったりかもね、とカカシは言った。 『違いますよ!今日の白銀の感じとか髪の毛の色と一緒ですし、なにより』 『なにより?』 『月を見てたら安心しません?暗くても、ぼんやりと柔らかい光で明るいから。なんかそんな感じがカカシさんっぽいかなーなんて。』 自分から言いながら最後の方は恥ずかしくなってしまって。 『でも忍に月明かりってやっかいなモンなのよー?』 なんて言って優しく笑ってた。 「ぅ・・っく、・・・バカみたい。」 そんな会話、忘れていたのに今の名前がユヅキだなんて。 これじゃ、忘れたくたって忘れられないじゃないか。 「・・・帰りたいよ。」 元の世界に。 同じ世界にいるというだけで、今にも会いに木の葉の里に戻りそうになってしまう。 触れてほしいのはカカシさんなのに。 でももし叶うなら、一生元の世界には帰りたくない。 「ふ・・・っ、うぅ。」 なんて不安定な立場なんだろう。 なんで自分ははじめから、カカシさんがいるこの世界の人間ではないのだろう。 ムツキが帰ってきたころにはすっかり泣き止み、そんな素振りも見せずに彼女をむかえた。 「大変だったね、今日。」 怒られると思って身構えたが、かけられた言葉は優しかった。 「いえ、すみません。私こそ穴をあけてしまって。」 しょんぼりと下を向くに、ムツキは得意のデコピンを食らわせて。 「いたッ!もームツキさん。」 「あはは、アンタがんなツラしてるからだよ。」 そんな、とがおでこを押さえているとムツキはそっと一息ついてベッドに腰かけた。 「やっぱりアンタにゃ向いてないよ、この仕事。」 「・・・っでも!」 「わかってるよ、働かなきゃ明日食うメシにも困っちまうからね。」 「ムツキさん。・・・あの、」 「なんだい?」 話を変えたかったのもあって、は以前から気になっていた事を思いきって聞いてみた。 「どうしてこのお店は、忍者は出入り禁止なんですか?他はそうじゃないんですよね。」 「あぁー・・・それね。」 まぁ、別に隠すほどのことでもないしね。と前置きを言ってムツキはに話始めた。 「ママとはずいぶん、それこそ店始めるうんと昔から知り合いでね。」 「へぇー。」 「ここにくる前はアタシら木の葉の里にいたんだよ。」 「そうなんですか?!」 「そんな驚くことかね。」 ママはわりと腕利きのくの一でね、結婚もしてて旦那ももちろん忍だった。それこそどこにでもいるような、幸せそうな夫婦だったよ。 子どもが出来てからはママはくの一辞めたんだけどね・・・・突然だったよ。任務で旦那さん亡くしてね、それでも女手ひとつで息子さんを育ててた。 だけど反対してたのにその息子も忍になって昔は時代も悪かったからね、 上忍になった何回目かの任務で殉職さ。 それで心が折れちまったんだろうね、最後は振り返りもせずに里を出て行ったよ。 それ以来しばらくママとは音信不通だったんだけどね、あーこう見えてアタシ実はバツイチの子持ちなんだよね。 アタシはチャクラが毛ほどもない一般人なんだけど、旦那がこれまた忍者でねぇ。 ま、話の展開通り結婚2年目にして殉職さ。 子どもも旦那側にとられちまったよ。 「んで、食うに困ったアタシは店やってるっつーママを頼って今に至るって訳さ。」 淡々と過去を話すムツキに、は聞いていてまただと思った。 忍と関わるものが背負う、失う悲しみ。 「そう・・・ですか。」 「ここは忍者嫌いが辿り着くところだよ、店で働く女の子たちもそういうのが多い。詳しくは訊かないのがルールだけど、長く働いてると知ることも多くてね。 だいたいが大切な人が忍で殉職したとか、忍に無体を働かれて傷ついてる娘だっている。」 だったら忍者から遠ざかりたい私なんてぴったりじゃないか。 「私、明日からまた頑張ります。」 強く見つめる瞳の周りがほんのり赤くなっていることに気づき、 ムツキはやっぱりこの娘には向いてないと思いながらも「あぁ。」と返事をするしか他にすべがなかった。 生きてりゃ人間色々あるからね、アタシにユヅキの覚悟をとやかくいう筋合いはない。 明るくなり始めた空に、は身を隠すようにしてカーテンを閉めてムツキと2人眠りについた。 少し時は、カカシたちの時間に戻り。 「見つからないねぇ。」 木の上で、月夜から身を隠すようにして佇むカカシとムサシ。 今日で三代目火影に言われた2週間のうちの半分が過ぎようとしていた。 「カカシ、焦るのはわかるがお前もう少しペースを落としたらどうだ。」 里を出てからほとんど睡眠もとらず、食事もわずかに兵糧丸を胃におさめるくらいしかとっていない。 「ん、でもオレが寝てる間にが危険な目に合うかもしれないでしょ。」 ハァーっとムサシはカカシに隠れてため息をついた。 こいつ、自分が任務でずっと眠ってた間のことが軽くトラウマになってるな。 そもそもを探す、となった時も 『の捜索じゃが、お主を隊長に他上忍1名、特上を1名のスリーマンセルとするが誰がよいかの。』と言った三代目に カカシは必要ないの一言でつっぱねた。 『が出ていったのはオレの責任です。オレとムサシで探します。』 譲らないカカシに、三代目は渋々2週間の制限つきで命を下した。 「そうは言ってもな、お前」 さすがに疲労が色濃く見えるカカシに、ムサシも言わずにはおれず口を開いたその時。 ピクッ、とムサシは違う方向をむく。 「かすかだが・・・のニオイだ。」 その言葉に、鼻をクンクンと嗅いでみるがカカシにはわからない。 しかし、1週間目にしてやっとつかんだわずかな手がかりだ。 「どっち?」 「こっちだ。」 ムサシの案内でカカシも素早く木の上から飛び、のニオイを追った。 「ハァ〜さむ。」 ムツキは店を上がり、が待つ部屋へと急いだ。 ったく、今頃泣いてんじゃないだろうね。 拾った何も持たぬ女は、行くあてがないから自分も働く店に置いて欲しいと言った。 「ユヅキのやつ、明らかに男慣れしてませんって顔してるくせに。」 よく言えたもんだよ。 しかし、ムツキは持ち前の面倒見のよさも手伝ってかを邪険には扱えなかった。 必死な姿やまっすぐとその瞳の奥に隠した覚悟に、どうしても放って置けなかった。 「まぁ、その覚悟もまだまだ甘いけどさ。」 チラチラと雪が舞い落ちる道で、 すれ違うのが木の葉の額あてをした犬を連れた忍者であることに ムツキは隠れるようにして、警戒しながら足早に家へと帰って行った。 「・・・駄目だ。ニオイが消えた。」 歩き回ったが、それ以来かすかなニオイもしないというムサシにその日は夜明けが近いこともあって捜索を断念した。 「そもそもこの辺はやたらとニオイがキツくて鼻が鈍る。」 「あーそれはオレも思うかも。」 ムサシの強引な休めと言う意見に押されて、その日は珍しく宿をとった。 やっと得たわずかな手がかりの中、まだ探すと聞かないカカシに これからはここを拠点にすればよいのだから焦りすぎるなというムサシの説得に結局は根負けした形となった。 「この辺はいかがわしい店が多いからねぇ。」 一夜限りの夢を求めて、色んなところで金が舞う。 「あぁ、酒やら香水やらのニオイが混じって分かりにくい。」 苦虫を潰したような顔で呟くムサシに、自分より何倍も鼻がきく忍犬にはツラいんだろうなぁと思ってみる。 「でも、ちょっとだけどのニオイがしたんでしょ?」 「・・・それは確かだ。」 自分もかぎとれなかったわずかなニオイだが、忍犬でしかも信頼しているムサシが言うのならば間違いないのだろう。 この街のどこにはいるのだろう。 それとももうこの街を後にしたのだろうか。 を思うと、とてもじゃないが睡魔などいっこうにやってこない。 それでも、ムサシに言われた通り少しでも体力回復のため横になる。 「どこにいるのよ・・・。」 「ムツキさん、おはようございます。」 「あぁ、おはよ。」 まだ寝ぼけているのか、よろよろとムツキは机にむかって腰かける。 そこへがコーヒーをコトリ、と差しだした後、自分も腰掛けコーヒーをすするのがおなじみになってきた出勤前の様子だ。 「アンタもだいぶここの生活にも慣れたね。」 人間2週間も過ぎればそれなりに適応するというもので、今ではすっかりとユヅキを目当てに通う客もついた。 「ムツキさんによくしていただいてますからねー。」 「アタシを褒めたってなんにも出てきやしないよ。」 生活への慣れからか余裕が出てきたに、お互い軽口を言えるほどになりあれからずいぶんと自然に笑えるようにもなった。 まだまだ作り笑いの方が多いけど。 「だいぶいい表情になってきたね。」 「えへへ、そうですかねー。」 「拾った時なんか、」 「ムツキさん!またぼろっきれとか言うんでしょう?」 言葉を先回りして言うと、途端に大の女性がするには幼すぎるほどに口を尖らせてムツキはつまらないね、とむくれた。 「なーんだい、おもしろくないね。」 「もー!!私で遊ばないでください。」 「いいじゃないさ、アンタからかうと面白いよ。」 ムツキとの何気ないやりとりに、はまたカカシの事を思い出していた。 『カカシさん!私をからかって楽しんでるでしょう?!』 『そーんなことないよ。』 『えー・・・本当ですか〜〜?』 『うん、だってってばイチイチ反応がかわいーんだもん。』 『なっ?!やっぱり楽しんでるんじゃないですか!!』 『アハハ、バレた〜?』 少し怒ると、慌てたカカシさんと目があって2人でクスクスと笑った。 時にはムサシくんが味方してくれて、2対1で追い詰められてしゅんとしたカカシさんにころころと笑いあったこともあった。 気がつけば、木の葉での思い出の蓋を開けてぼんやりとする私をムツキさんは苦しげに見る。 多分わかるのだ。 あぁ、この娘は忍とのことを思っていると。 「忘れられないんだろ、その忍のこと。」 ずっと触れなかったことを、ムツキは思い切って訊いてみた。 普段はしっかりと、その瞳に現実をうつしこむのに どういった訳か、ふとした時に見せる虚ろな視線がどうしても気になって。 「でも忘れなきゃいけないんです。」 そんな顔して、なに言ってんだかねぇ。この子は。 「アタシは今じゃここで働いてるけどね、あの人と一緒になったことを後悔したことなんて1度もないよ。」 「ムツキさん・・・。」 「ましてや出逢わなきゃよかった、なんて。一辺たりとも思ったことないね。」 ムツキの言葉に、はなにも言えずただその場で下を向いていた。 「生きてんのかい?その相手ってのは。」 こくり、と首を縦にふりそれを見たムツキはしょげたがなんだか妹みたいにかわいく思えて そのまま頭をぐりぐりと撫ぜてやった。も心地がいいのか、初めは驚きながらもあとはされるがままとなっている。 小動物みたいって言ったら、怒るだろうね。 「まぁ、それもしかたのないことさね。忍相手に一般人が覚悟なんて、簡単に出来たモンじゃないよ。 ただ、自分が恐れてるってことを知ってるのと知らないのじゃえらい違いさ。」 「あのムツキさん、私・・・どうしたら」 逢いたい。 でも、逢いたくない。 逢っちゃいけない、と思う。 自分がどうするべきなのか、はすでに見つけたはずの答えが里をでてからどんどん霞んでいくような気がした。 あの部屋を1歩出た時から、カカシのことを考えないようにすることでさえ それはカカシにとらわれているのと同じこと。 「そんなもん、自分で決めな・・・他人の意見に流されて後悔するのはアンタだよ。 ただ、どっちにしたって正解不正解はないってことだよ。じゃなきゃ、こんなとこある訳がないのさ。」 約束の2週間をまもなくむかえる。 その後、ムサシが感じたわずかなのニオイがした場所を拠点にしながら 範囲を広げて探し回ったがそれ以降、手ががりすらつかめなかった。雪が災いしているとも言える。 帰りの分の日数を計算しても、いいかげんこの場を後にしなくてはならない。 あのじいさんの言うことなんてぶっちぎってやろうか。 ・・・このまま、里を抜けるなんてことになっても。 カカシの頭に怪しい考えが徐々に広がっていく。 「帰るぞ、カカシ」 それを察知したのかどうか、定かではないがムサシがカカシの思考をストップさせる。 「ん〜〜帰らなきゃダメ?」 口調はなんとかいつものものだが、その身からは焦りと極度の疲労で殺気がにじみ出ていた。 「なに言ってんだ。三代目との約束は2週間だろう、そろそろここを出なきゃ間に合わないぞ。」 「まー・・・ね。でも見つけてないでしょ?」 「ダメだ、今のお前がこれ以上探し回ったってどんどん効率が悪くなるだけだろう?」 お前、今の自分がどんな顔してるかわかってんのか? 「忍犬が主人に逆らう気?」 その声は鋭く、めったにムサシでもお目にかからないような感情をむき出しにしたカカシがいた。 暗部以来か・・・そんなお前見るの。 「落ち着け、カカシ。今ここで俺を殺ってこのまま捜索してもかまわんが、どうなるかぐらいはわかるだろう?」 里になんの連絡もなしに帰らないカカシに、追い忍が出動要請を受けるのは時間の問題だろう。 万が一その後を見つけたとしても、犯罪者あつかいのカカシに2人逃げながら隠れるようにして生きていかなければならない。 そんなことわかっている。 この世に産まれおちたときから、自分は忍として生きてきたのだ。 「ごめん・・・ちょっとオレ今、あたまおかしーんだよね。」 ハハハ、と渇いたように笑うカカシにムサシは幼いころからしてやったようにカカシの腿に前脚をのせる。 「里に帰るぞ、探しは1度お前が休んでからだ。」 こうしてようやくその腰をあげたカカシ。 次の日の日付がかわる前には里に帰り、その結果を報告した。 「そうか、見つからなんだか・・・。」 カカシの報告に、三代目は神妙な面持ちで火影椅子に腰掛けたまま頷く。 「しかし三代目、わずかな手がかりは得ました。もう少しなんです。」 机に手をかけて、身を乗り出すようにして火影に訴えかけるその顔にはずいぶんと蓄積した疲労が簡単に見て取れた。 焦っておるの、これじゃ冷静な判断もくだせまい。 ことに関しは、カカシは簡単にその心を乱されるの。 この男も人の子じゃったか。 火影は表情は固いまま、その心では安堵していた。 ずっと、その心を砕かせるようなことをカカシに強いてきたのは事実。 「もうよい、お前にはナルトたちの師としてやるべきことがあるじゃろう。今後1人で勝手に動くことも許さん。」 「待ってください!もう少し、・・・もう少しオレに時間をください!!」 「明後日早朝より、カカシ率いる第七班に新たに任務を命ずる。」 「三代目!!」 「内容は、行方不明となっているの捜索じゃ。」 「え?」 「期限は見つかるまでとする。師として冷静な判断のもと、協力して捜索にあたってほしい。以上、解散。」 1人では無理をしがちなカカシに、子どもたちの指導となってはそう取り乱すわけにもいかなくなるだろうとの判断だった。 その足元で、ムサシはやるなじーさん。と心の中でつぶやいていたとか。 どーしましょうかねー・・・なーんて(汗 すみません、しかもヒロインさんに夜の街で働かせてしまうなんて〜〜。 結局なんだかんだでカカシ先生はとりみだしてますね。もうムサシはとことん男前にしてやろうと思います。年の功じゃい! ヒロインのこととなると、もうカカシ先生はいつになく必死ですよ。 じれったすぎてうんざりですかね。この長編、最後の方は2人の気持ちが行ったりきたりしてますもんね。 でもご安心を!次回、完結です。 やっぱ最後はめっさ長くなるかなぁ〜〜。なにやら心配です(汗 なんだか色々言いたいことがありますが、完結後にあとがきにて! |